中間がない人が多い気がする

中間

男が女に対して「世界中が敵になってもお前を守る」みたいなのがありますが、彼女は一体何をしてしまったのか、と疑問を抱きます。極端なんですよね。せいぜい、「目の前に熊が現れてもお前を守る」くらいでしょう。まあ、実際に目の前に熊が出現したら守るとかどうでもいいから2人で適切に逃げてほしいところですけども(本来の「守る」はそういうものだと思うんです、うぉーとか言って敵に立ち向かって行くのを想像する人も多いんですが))。

ちょっと抽象的かもしれませんので、もっと具体的な話を。あくまでも例であり私がどう思っているかは関係ありませんが、憲法改正なんかはいい例だと思います。憲法改正に賛成というと反対派から「お前は戦争を肯定するのか!?」みたいなことを言う人がいます。憲法改正に賛成だとしても、憲法の文面をどうするかについては考えるところがあると思うんです。だから、この前の選挙でいうならば、憲法改正に賛成=安部さんのそれに賛成、とは必ずしもならないわけですね。

若者に多い?

なんとなーくですけども、中間を飛ばしてしまうのは若者に多いような気がします。アニメにはよく表れていると思うんです。例えば、涼宮ハルヒの憂鬱が流行りましたけども、セカイ系って言うんですかね。自分の行動がそのまま世界の在り方に直接的な影響を与える、というやつです。世界というのはさまざまな人や現象など、複数の多様なものでなりたっているんですが、それが欠落していて、自分=世界という構図があります。だから自分と世界の間に中間がないんです。

もちろん逆もあります。自分が世界に影響を与えるならば、世界は自分に影響を与えることができることになります。TwitterなどのSNSで、例えばですけども、「バンドの何々がカッコいい!」とツイートしたとします。それに対して誰かが「あのバンドはクソじゃん」とか言うと、言われた方は人格を否定された気分になってしまうわけです。これ若者に多いですよね。バンドに対してクソという評価をしているのに、そのバンドを好きな私がクソ、に変換されてしまうんです。ここにも中間がありません。

自分と世界が同じ、というような感じなのかもしれません。主観と客観が同じになっちゃってるというか。主観と客観がないわけではないと思うんですが、区別して認識できていない、という印象を受けます。結局のところ、自我がない、と。

でも若者に限った話でもない?

こういうのは若者に多い傾向があるような気はするんですが、でもよくよく考えたら若者に限ったことでもないか、という気もしてきます。評価という点で考えれば40代から50代も同じような印象があります。

日本人って拝金が嫌いな割には拝金主義ですよね。年収なんか典型的だと思うんですが、年収1000万あるからすごい、みたいなね。仕事の内容はあまり関係がなくて、どれだけもらっているかで判断するのが多いと思います。重要な仕事をしているから年収が高くなるのであって、年収が高いからすごいわけではないでしょう。

あと、仕事でいうならば年功序列でしょうか。長く勤めている人ほどすごいっていう考え方です。もちろん、これにもある程度の利便性はあるんですが、でもちょっと安易ではないか、と思うんです。

つまり個別に評価することができないんです。だからお金とか時間とか、わかりやすく数字にできるもので判断しようとする。評価ができないというのは結局のところ、自分の中に価値基準がない、もっと言えば自我がない、ということになるのかな、と。

だいたい、なぜみんなが良いというのかといえば、そのものが良いからです。しかし、みんなが良いと言っているからこれは良いものだ、というようになっているように思います。これは若者のいいね!で考えれば分かりやすいと思いますが、これは若者ではなくて、40代50代でもそういう考え方をする人がいると思うんですよね。銀座の寿司は高いからうまい、とかね。味で判断できない。自分がないから値段をものさしにするんだろうと思うんです。

その他

いつものクセで段々話が変な方向に行くんですが、今の若者たちはさとり世代なんて言われます。消費をしない、という感じでしょうか。なんで車を持つ必要があるの?とかね。こうなったのは、やっぱり上の世代の影響ですよ。

消費のために仕事をしていたわけでしょう。仕事というのは消費という快楽のための苦行である、的な。それで単に消費をしているだけではバカらしいということで、賢い消費、つまりライフスタイルというものさしを発明したわけですよね。ライフスタイルの背景には「何のための消費なのか?」という疑問があったはずで、それが表に出た結果が今のさとり世代です。さとり世代にイラついている人は同族嫌悪だと思いますよ。

若い人に中間を飛ばす人、つまり自我がない人が多いのは、その上の世代の影響を受けているからです(もちろん上の世代はその更に上の世代の影響を受けているはずですが)。曖昧な世界を作り上げた世代に反発し、今こそ自我を確立させよう。とか言って(笑)まあでも、そうやって変化が生まれると思うんですけどね。