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バランス感覚が非常に大切

ここ最近の記事で、自分がない人が多い、自分はない方が良い、みたいにぱっと見矛盾していることを書いているので、もしかすると言ってることが滅茶苦茶じゃんと思われているかもしれません。まあ読まれてないけどもね(笑)

生物の最小単位は細胞だと思うんですが、その細胞は何も通さないんだけども同時に水は通せるんですね。穴があって、水チャネルっていうんですけども、水だけは通すんです。細胞レベルで開いていると閉じているの両方が行われているわけです。このある種の矛盾というのは生物の生命線だと思います。

精神とか心とかも同じで、自分はある状態とない状態の両方が必要です。これは確かに矛盾しているのかもしれないけども、こういう状態が精神には不可欠なのです。これは両方が必要で、どちらか片方だけ、あるいは両方ともないのではダメで、典型的な例がセカイ系です。自分と世界が直結してしまっているので、周りが見えず、単純化してしまいます。またちょっとでも批判を受けると、それが死に直結してしまい、「ああ、私には価値がないんだ」という思考に陥ってしまいます。

それではどうやって、あるとないのバランス感覚を養うのかというと、これは両方を知っていないといけないのだろうと思います。つまりある状態とない状態の両方を経験したあとに、徐々にその中間を探るようなイメージです。なぜ真ん中があるのかというと両端があるからです。だから両端を知っていないとどこが真ん中になるのかがわからないわけです。

なので真ん中を知るまでは極端になるので、精神は安定しません。そして一般的にこの安定しない時期は思春期と呼ばれています。あと反抗期とか、もっと俗に言えば中二病という感じでしょうか。ここで色々反発してもがいて、そして自己を形成します。

で、ここからがいつも書いていることですが、価値観が多様化したことやネットが発達したことから、反発ができなくなっています。昔はある一定の価値観があって、例えば尾崎豊はそんな価値観クソくれぇとか言って学校でやらかすわけですが、今の人は「学校でやれば怒られないのに」と考えます。これが反発できていない証拠です。

あとネットなどのように虚構がかなり力を持つようになりました。そのため若い人の中には現実を正しく認識できていない人が割といます。セカイ系の人はだいたいそうでしょう。現実と虚構の区別がついておらず、また現実というのを正しく認識していないために客観的に考えることができず、そして主観を認識することができません。主観がないわけではないけども認識できていないわけです。

ある程度歳を取った人が、ゆとり世代のような若い世代を見ると、まるでロボットのような印象を受けることがあると思いますが、それは彼らが自己形成に失敗しているからです。自分がなく、自分に自信が持てないために客観的に判断できるものに頼りがちです。例えば、偏差値、年収、値段、時間、知名度などです。

また自分に自信がないのでSNSなどで承認欲求を満たします。いい例がインスタ映えです。またインスタ映えでも自分を直接アピールするのではなく(自分に自信がないのでできない)、一般的に認められていると思われるもの(有名店のパフェなど)、あるいはそれと自分を一緒に写真を撮って他人からの承認を得ようとします(パフェの画像に「いいね!」が付けられて承認欲求が満たされるのは変だと思われるでしょうけども、彼らは中間を知らないために、画像への評価が自分への評価に直結します。これの逆が、少しでも批判を受けると「私には価値がないんだ」という発想です)。

彼らは価値判断を常に他人に委ねる傾向があるため(承認は他人がいなければ成り立たない)、また他人を信用することができず敵であると考える傾向があるため、どことなく常に暗い、闇のようなものを抱えてています。

このような状態を、ある程度の年齢(20歳くらい以降)になってから脱するには(普通は中二病などを通して自己形成を終える)、とにかくいろいろな価値観に触れるしかありません。ただ彼らは自分とセカイが直結しており、中間や複雑性への耐性がないため、色々な価値観に興味を示さないことが多いです。ここが問題なんです。本当に難しいところです。大学頑張ってくださいよ、就職のことばかり言わずにさ。そういう就職みたいなレールの価値を相対化させるのが大学でしょうよ。