nancolu

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「研究者の仕事に新しいのを1つ追加しよう!」

https://mainichi.jp/articles/20180112/ddm/004/070/012000c

新しい仕事

(上のリンクあまり関係ないです)

大学教員の仕事って大体は研究、教育、大学運営の3つが言わるけども、ここに新しい仕事を1つ追加しましょう、という。その名も「大衆迎合」。

研究の内容を知らない人に興味を持ってもらうのは大変。いちいち説明するわけにもいかない。なのでぱっと見で「うわ~面白ーい(*'ω'*)」と思わせればよい。サラリーマンが上司に気に入られるために打ち上げで踊り出すように、大衆様の前で踊りましょう。

哲学が難しすぎて大衆に理解されないなら、どこぞの作家のように「超訳」をして、古典という権威の元に現代風処世術を展開すれば、「あの昔の偉い人がそんなことを言ってたんだ!」とか言ってお金になるかもしれない。

量子力学の重要性が理解されないなら、ネットで腐るほどあるように、この世界には11もの次元ありこの苦しみに満ちた世界だけではないのです、とかいうのを大学教員が本に書いて出せば注目されるかもしれない。

「大学の権威がー」とか言う人もいるだろうけども、ここまでしないとお金にならないんだから仕方がない。研究そのものが問題なのではなくて、知に敬意を払わない人が多いことの方が問題。大衆迎合を徹底すれば大衆も気付くんじゃないか?

って知り合いが言ってました。

分かりやすい研究だけが生き残りそう

まあそれはともかくとして、分かりやすい研究だけがこの先生き残りそうだなぁという気はします。例えば、どれくらいの利益が出せるのか、という数字が出せる分野とかですかね。研究者が自分で稼げるようにすべきというのはそうかもしれないんですけども、それじゃ稼げない分野は衰退するしかないのか、とも思えてきます。

全体的に分かりやすさというのが求められているように思います。例えば、本屋に行けば本がいっぱい並んでいますけども、「なぜ○○なのか」みたいなタイトルの本が多いです。少し前は「○○とは何か」というタイトルもあったんですけども、やっぱり最初に問題を提示されて、それに対する明確な答えも合わせて提示されれば分かった気になりますもんね。

極端な例では、テレビ番組によくある、紙で重要なポイントを隠しているやつです。空欄があって視聴者は「何が入るんだろう?」と思うわけですが、その瞬間にパッと紙をめくって答えが出ると「なるほど」と思ってしまう。別に何かを考えているわけではないんですけども、そう思ってしまうわけですね。

根本的に大学の在り方を考えた方がいいのかも?どっかの研究者が言ってましたけども、ドイツを中心とするヨーロッパ型大学とアメリカ型大学が日本では混同されているため、これをしっかりと分離した方がいいということです。コンピューターサイエンスみたいなのはアメリカ型の運営が向いているでしょうけども、哲学みたいなのをアメリカ型で運営すると失敗すると思います。大衆迎合は良くないですよ(><)